2022/4/7 COMI✖️TEN 出演しました//あらやんのバイオリン教室YouTube開催中

《一緒にいられる時間に、どれだけ一緒にいられるか》

🍵あらやんの独り言☕️

今日、ひさしぶりにLeandro BISIACH
の弦を交換しました。

ドミナントを張って、しばらく弾いていました。

このヴァイオリンとは、もうずいぶん長い付き合いになります。

以前、E.DEGANI
とL.BISIACH
どちらを手放すか迷ったこともありました。

結局、私はL.BISIACHを残しました。

理由はいろいろあります。

音のこともありますが、それ以上に、この楽器は私の身体にとても自然に入ってくる。

肩当てをしなくても、不思議なくらい何の抵抗もなく身体に収まります。

そして今日、弾きながらふと思いました。

もっと、この楽器と仲良くなろう。
リサイタルもやろう。
コンサートでも弾こう。
普段の練習にも使おう。
《音楽図鑑》の動画にも、もっと登場してもらおう。

なぜそんなことを思ったのか。

たぶん私は、このL.BISIACHをいつまでも持っているわけではないからです。

いつ手放すことになるのかは分かりません。

まだずっと先かもしれない。

案外、そう遠くないかもしれない。

それは分かりません。

でも、いつか別れる日は来ます。

だったら、大切だからとケースの中にしまっておくのではなく、

一緒にいられる間に、できるだけ一緒に音楽をしたい。

そんなことを思いました。

そう考えていたら、うちの犬たちのことを思いました。

チワワが二匹います。

ジャスミンとベルです。

ジャスミンは16歳になりました。

ベルは保護犬なので正確な年齢は分かりませんが、8歳くらいでしょうか。

二匹とも、毎日そばにいます。

だから、つい明日も同じようにいるような気がしてしまいます。

でも、本当はそうではありません。

ジャスミンをあと何回抱っこできるのか。
ベルとあと何回遊べるのか。

そんなことは誰にも分かりません。

もちろん、そんなことばかり考えて暮らしていたら寂しくなってしまいます。

だから私は、残された時間を数えたいわけではありません。

そうではなくて、

今日、一緒にいられるのなら、一緒にいればいい。
ジャスミンを抱っこできるなら、抱っこする。
ベルが遊ぼうと言ってきたら、遊んでやる。
L.BISIACHを弾けるなら、ケースから出して弾く。

それだけのことです。

人間は不思議なもので、大切なものほど「いつでもできる」と思ってしまいます。

今度弾こう。

今度遊ぼう。

時間ができたら会おう。

また今度話そう。

でも、その「今度」が何回来るのかは誰にも分かりません。

これは悲しい話ではないと思っています。

むしろ反対です。

終わりがあるから、今日が大切になる。

memento mori
「死を忘れるな」という言葉です。

少し怖い言葉のようにも聞こえます。

でも私は、この言葉を「死について考えなさい」という意味だけでは受け取っていません。

限りがあることを忘れずに、今を生きなさい。

そんな言葉なのではないかと思っています。

ヴァイオリンもそうです。

犬たちもそうです。

そして、人との付き合いもきっと同じでしょう。

大切なのは、どれだけ長く所有したかでも、どれだけ長く一緒に暮らしたかでもないのかもしれません。

一緒にいられる時間に、どれだけ一緒にいられたか。

同じ部屋にいる、という意味ではありません。

ちゃんと相手を見る。

ちゃんと触れる。

ちゃんと話す。

そしてヴァイオリンなら、ちゃんと弾く。

L.BISIACHも、いつか私の手元から離れるでしょう。

「その日が来たら、大橋さんや堤さんのヴァイオリンと、また仲良くなればいい。」

でも今は、L.BISIACHがいる。

だから弾こうと思います。

ジャスミンもいる。

ベルもいる。

だから今日、抱っこして、遊んでやろうと思います。

未来のことは分かりません。

でも、今日一緒にいられることだけは分かっています。

一緒にいられる時間に、どれだけ一緒にいられるか。
最近、それはとても大切なことなのではないかと思うようになりました。
タイトルとURLをコピーしました