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《一緒にいられる時間に、どれだけ一緒にいられるか》

🍵あらやんの独り言☕️

今日、ひさしぶりにLeandro BISIACH
の弦を交換しました。

ドミナントを張って、しばらく弾いていました。

このヴァイオリンとは、もうずいぶん長い付き合いになります。

以前、E.DEGANI
とL.BISIACH
どちらを手放すか迷ったこともありました。

結局、私はL.BISIACHを残しました。

理由はいろいろあります。

音のこともありますが、それ以上に、この楽器は私の身体にとても自然に入ってくる。

肩当てをしなくても、不思議なくらい何の抵抗もなく身体に収まります。

そして今日、弾きながらふと思いました。

もっと、この楽器と仲良くなろう。
リサイタルもやろう。
コンサートでも弾こう。
普段の練習にも使おう。
《音楽図鑑》の動画にも、もっと登場してもらおう。

なぜそんなことを思ったのか。

たぶん私は、このL.BISIACHをいつまでも持っているわけではないからです。

いつ手放すことになるのかは分かりません。

まだずっと先かもしれない。

案外、そう遠くないかもしれない。

それは分かりません。

でも、いつか別れる日は来ます。

だったら、大切だからとケースの中にしまっておくのではなく、

一緒にいられる間に、できるだけ一緒に音楽をしたい。

そんなことを思いました。

⸻

そう考えていたら、うちの犬たちのことを思いました。

チワワが二匹います。

ジャスミンとベルです。

ジャスミンは16歳になりました。

ベルは保護犬なので正確な年齢は分かりませんが、8歳くらいでしょうか。

二匹とも、毎日そばにいます。

だから、つい明日も同じようにいるような気がしてしまいます。

でも、本当はそうではありません。

ジャスミンをあと何回抱っこできるのか。
ベルとあと何回遊べるのか。

そんなことは誰にも分かりません。

もちろん、そんなことばかり考えて暮らしていたら寂しくなってしまいます。

だから私は、残された時間を数えたいわけではありません。

そうではなくて、

今日、一緒にいられるのなら、一緒にいればいい。
ジャスミンを抱っこできるなら、抱っこする。
ベルが遊ぼうと言ってきたら、遊んでやる。
L.BISIACHを弾けるなら、ケースから出して弾く。

それだけのことです。

⸻

人間は不思議なもので、大切なものほど「いつでもできる」と思ってしまいます。

今度弾こう。

今度遊ぼう。

時間ができたら会おう。

また今度話そう。

でも、その「今度」が何回来るのかは誰にも分かりません。

これは悲しい話ではないと思っています。

むしろ反対です。

終わりがあるから、今日が大切になる。

memento mori
「死を忘れるな」という言葉です。

少し怖い言葉のようにも聞こえます。

でも私は、この言葉を「死について考えなさい」という意味だけでは受け取っていません。

限りがあることを忘れずに、今を生きなさい。

そんな言葉なのではないかと思っています。

⸻

ヴァイオリンもそうです。

犬たちもそうです。

そして、人との付き合いもきっと同じでしょう。

大切なのは、どれだけ長く所有したかでも、どれだけ長く一緒に暮らしたかでもないのかもしれません。

一緒にいられる時間に、どれだけ一緒にいられたか。

同じ部屋にいる、という意味ではありません。

ちゃんと相手を見る。

ちゃんと触れる。

ちゃんと話す。

そしてヴァイオリンなら、ちゃんと弾く。

L.BISIACHも、いつか私の手元から離れるでしょう。

「その日が来たら、大橋さんや堤さんのヴァイオリンと、また仲良くなればいい。」

でも今は、L.BISIACHがいる。

だから弾こうと思います。

ジャスミンもいる。

ベルもいる。

だから今日、抱っこして、遊んでやろうと思います。

未来のことは分かりません。

でも、今日一緒にいられることだけは分かっています。

一緒にいられる時間に、どれだけ一緒にいられるか。
最近、それはとても大切なことなのではないかと思うようになりました。
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