私は最近、自分の音色セミナーは、
なのかもしれない、と思うようになりました。
多くの学習者は、習ったことに縛られているというより、
自分の中で作った「当然のルール」に縛られています。
例えば、
など。
しかし本来、これらは“目的”ではなく、
音や響きの結果として起きる現象です。
音楽は、常に変化しています。
それによって、弓の場所も自然に変わります。
ところが多くの場合、
「弓はまっすぐ」
という最初の基礎が、そのまま固定ルールになってしまう。
もちろん初心者にとって、
まず弓をまっすぐ動かすことは大切です。
しかし、本来音楽とは、
固定されたものではありません。
例えば、チャイコフスキーやシベリウスの協奏曲を弾く頃になると、
本当は、
が大きく変化しているはずです。
しかし実際には、
へ意識が集中し、
が後回しになってしまうことが多い。
私は学生時代、チェロの演奏会を本当によく見に行っていました。
チェロは、駒から指板までの距離が広く、
弓の接点の変化が非常によく見えます。
しかも客席から正面に見えるため、
「音楽が流れる時、弓の場所も流れている」
ということが、自然に分かりました。
本当に豊かな音色で弾く人ほど、弓の場所が固定されていない。
左手の響きによって、駒側へ行ったり、指板側へ行ったりする。
後に、
ハイフェッツの演奏やマスタークラスを見て、
私はさらに確信しました。
本当に素晴らしい演奏家は、
「これ以上指板側へ行くと雑音になる」という、ギリギリの限界を使っています。
完全に安全な場所だけではなく、崩れそうで崩れない、その境界で音を生かしている。
だから、
音が“生きる”。
本当に超一流の演奏家は、
単に感覚だけで弾いているのではなく、
感覚を観察し、何が起きているかを理解しているのだと思います。
私は、技術だけを教えたいわけではありません。
本当に大切なのは、
響きを観察し
なぜそうなるのかを考えること。
音楽は、固定された形ではありません。
音楽は、観察によって、
初めて生き始めるのだと思います。 🎻
