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私の「0から1」の物語 ――17歳、一本のヴァイオリンから始まった

🍵あらやんの独り言☕️

今、私はヴァイオリンを教えながら、時々こんなことを思います。

初心者を教えるというのは、「0を1にする仕事」なのではないか。

すでに弾ける人を、もっと上手にする。

もちろん、それも難しいことです。

でも、まだ何もないところから、最初の「1」を作る。

楽器の持ち方も知らない。
弓をどう動かすのかも分からない。
左手をどう使うのかも知らない。

そこから一つずつ始めていく。

考えてみれば、私自身がそうでした。

私の「0から1」は、17歳の時に始まりました。

美術の先生が持ってきた楽器

きっかけを作ってくれたのは、音楽の先生ではありません。

中学校の美術の先生だった奥野先生です。

私は直接、美術を習ったわけではありませんでしたが、クラブ活動を通して奥野先生と関わるようになりました。

先生は学校に、いろいろな楽器を持ってきていました。

ヴァイオリン、チェロ、フルート、クラリネット……。

今考えると、ずいぶん面白い先生です。

あの時代だからできたことだったのかもしれません。

その中に、ヴァイオリンがありました。

私は、「ヴァイオリン、弾いてみたいなあ」と言いました。

17歳でした。

すると奥野先生は、ヴァイオリンを貸してくれました。

その時の私は、もちろん知りません。

この一本の楽器が、その後の自分の人生を大きく変えることになるなんて。

ただ、弾いてみたかった。

それだけでした。

でも今振り返ると、あの時ヴァイオリンを手にしたことが、私の最初の「1」だったのだと思います。

その後、奥野先生が、

「一度、家に遊びに来るか」

と声をかけてくれました。

行ってみると、そこでもう一つ、大きな出会いがありました。

奥野先生の弟さんが、日本を代表するヴァイオリン職人だったのです。

この出会いは、私のその後の音楽人生に、とても大きな影響を与えることになりました。

私は弟さんの奥野さんのところへ、毎日のように通っていた時期があります。

今考えると、ずいぶん迷惑だったかもしれません。

でも、奥野さんはいろいろなことを教えてくれました。

ヴァイオリンは、どうやって作られるのか。
良い楽器とは何なのか。
同じように見える楽器でも、どこが違うのか。
なぜこれは良くて、なぜこれは良くないのか。

世界の一流の楽器や弓にも、実際に触れさせてもらいました。

そして楽器のことだけではなく、

「物事はシンプルに見ないといかん」

ということも教わりました。

若かった私は、その一つ一つの意味を、どこまで理解していたのでしょう。

たぶん、分かっていなかったことの方が多かったと思います。

でも不思議なもので、その時に聞いた言葉や、見せてもらったもの、実際に触った感覚は、何十年経っても自分の中に残っています。

音楽をやるなら、音楽大学へ

その頃、私の周りには、チェロやファゴット、オーボエなどをやっている仲間がいました。

みんな音楽が好きでした。

それなら、「音楽をやりたいんだったら、やっぱり音楽大学へ行った方がいいんじゃないか」

そんな、今考えると実に単純な理由で、京都市立芸術大学を目指すことになりました。

仲間たちは結構合格しました。

ところが、私は落ちる。

まあ、考えてみれば当然です。

17歳からヴァイオリンを始めて、18歳で京都市立芸術大学のヴァイオリン科に入ろうというのですから、そう簡単に合格するはずがありません。

それでも、毎年受けました。

何度目かの受験の時です

何度目かの受験の時です、、行ったら、試験が終わっていた

その年は、

「今度こそ合格できるかもしれない」

と思っていました。

ところが、とんでもないことをやってしまいました。

集合時間を間違えたのです。

13時半だったのに、3時半に行った。

着いた時には、エチュードの試験は全部終わっていました。

今となっては笑い話です。

でも、その時は笑えません。

「もう音楽大学なんか行くのはやめよう」

本気でそう思いました。

ところが、その年の暮れになって、周りの人たちが、

「もう一回受けてみたら」

と言ってくれました。

私はもう、それほど乗り気ではなかったように思います。

それでも、もう一度受けました。

22歳。

ようやく京都市立芸術大学に合格しました。

大学の事務の方から、

「いつ来るねんなぁと思ってた」

と言われたことを、今でも覚えています。

若いうちに「本物」に触れたこと

大学に入ってからも、職人の奥野さんとの付き合いは続きました。

学生時代、私は奥野さんが作ったヴァイオリンを借りて弾いていました。

大学に合格した受験時には、一流の弓まで貸してもらいました。

若いうちに、本当に良いものを実際に触らせてもらった。

これは、後になって考えると、とても大きな経験だったと思います。

良い楽器とは何なのか。

良い弓とは何なのか。

それは、本を読んだだけでは分かりません。

実際に手に取る。

弾いてみる。

そして、それを分かっている人から話を聞く。

そういう時間を、私は若い頃にたくさん与えてもらいました。

借りていたヴァイオリンを返した日

学生時代、ずっと借りていた奥野さんのヴァイオリン。

私は本当は、その楽器が欲しかった。

でも大学を卒業して、これからプロとして仕事をしていこうという時に思いました。

仕事をするのに、いつまでも借り物の楽器ではいけない。

それで、楽器を返しました。

そして自分で楽器を買いました。

ところが、なかなか満足できない。

その後、私は何度も楽器を替えることになります。

それでも、楽器を見る時の自分の中には、いつも若い頃に奥野さんから教えてもらったことがありました。

どこを見るのか。

何を大切にするのか。

表面的なことに惑わされず、物事をどう見るのか。

今の私の楽器に対する考え方の根っこには、あの頃の経験があるのだと思います。

美術の奥野先生からも、音楽だけではなく、人としていろいろなことを教えてもらいました

若い頃の私は、自分の気持ちを人に伝えることが、あまり上手ではなかったと思います。

お世話になった人にきちんとお礼を言う。

自分が今どう考えているのかを伝える。

人生の節目に、ちゃんと報告する。

今なら当たり前だと思うようなことも、若い頃の私は十分にできていなかったのでしょう。

そんな私を見て、奥野先生は時々、

「何やってるんや」

と叱りました。

その時の私が、その言葉をどこまで理解していたのかは分かりません。

でも、何十年経った今でも覚えています。

年齢を重ねて思うのは、人はだんだん叱ってもらえなくなるということです。

若い頃には、間違ったことをすれば注意してくれる人がいる。

未熟なことをすれば、

「それは違う」

と言ってくれる人がいる。

でも、大人になり、仕事を持ち、年齢を重ねるほど、そういう人は少なくなっていきます。

だから今になって思います。

奥野先生に叱られたことがありがたかった、というよりも、

何やってるんや」と言ってくれるほど、自分のことを気にかけてくれる人がいた。

そのことが、ありがたかったのだと思います。

若い頃には分からなかったことが、何十年も経ってから分かる。

奥野先生から教わったことの中には、そんな大切なことがたくさんありました。

そして、九州交響楽団在籍38年

17歳で初めてヴァイオリンを手にした私は、27歳でプロのオーケストラに入りました。

そして37歳で首席奏者となり、九州交響楽団で38年間、ヴァイオリンを弾きました。

長い年月です。

でも、その38年のずっと手前までさかのぼってみると、一本のヴァイオリンがあります。

「弾いてみたいなあ」

と言った17歳の自分がいる。

そして、

「弾いてみるか」

と楽器を貸してくれた大人がいる。

その先にも、たくさんの人がいました。

楽器のことを教えてくれる人。

一流のものに触れさせてくれる人。

何度落ちても応援してくれる人。

「もう一回受けてみたら」と言ってくれる人。

そして、

「何やってるんや」と叱ってくれる人。

一人だったら、たぶんここまで来ていません。

今度は、自分が「1」を作る番

そして今、私はヴァイオリンを教えています。

初心者を教えることを、私はとても大切にしています。

最近になって、その理由が少し分かったような気がします。
私自身が、17歳の時には完全な「0」だった。

何も知らなかった。

何もできなかった。

そんな私に、一本のヴァイオリンを渡してくれた人がいた。

最初の扉を開けてくれた人がいた。

そして、その先で出会った人たちが、少しずつ私を育ててくれた。

だから今度は、自分が誰かの「0から1」に関わる番なのかもしれません。

その子が将来どうなるのかは分かりません。

プロになるかもしれない。

ならないかもしれない。

途中でヴァイオリンをやめるかもしれない。

それでもいい。

17歳の私にヴァイオリンを貸してくれた奥野先生だって、その少年がやがてプロのオーケストラに入り、38年間ヴァイオリンを弾くことになるとは思っていなかったでしょう。

人との出会いとは、不思議なものです。

その時には何でもないように見えた一つの出来事が、

何十年も経って振り返ってみると、

自分の人生の始まりだった。

私にとっては、それが17歳の時に手にした、一本のヴァイオリンでした。
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