世界には、それぞれの文化の中で育まれてきた素晴らしい音楽があります。
私は長年バイオリンを弾いてきましたが、惹かれているのは単に西洋音楽という枠組みではありません。
もっと根本にある「響き」なのだと思います。
例えば、ドとソという二つの音を美しく響かせると、演奏していないはずの音まで空間に現れることがあります。
倍音が共鳴し、空間全体が鳴り始める。
その瞬間、音楽は単なる音符の並びではなく、自然界に存在する法則そのものを感じさせてくれます。
私はそのような響きに、いつも心を動かされます。
かつて京都会館で、チェリビダッケ指揮のブラームス交響曲第1番を聴いたことがあります。
その時、不思議な体験をしました。
目の前にスコアが見えるように感じたのです。
第2ヴァイオリン、ヴィオラ、木管、金管。
それぞれの声部が独立しながら、見事なバランスで響き合っていました。
それは単に音量が整っていたのではありません。
音色と響きが整った時、音楽の構造そのものが見えてくる。
そんな体験でした。
最近、カール・フレッシュの音色に関する小冊子を読み返しています。
また、ルドルフ・バルシャイが「接点で音楽を作れ」と語っていたことも思い出します。
彼らは皆、それぞれの方法で響きの本質を追い求めていたのだと思います。
そして私は、バイオリンという楽器そのものにも同じことを感じます。
バイオリンのスクロール(渦巻き)を見ていると、自然界の貝殻や植物の渦巻きを思い出します。
職人たちは単なる装飾としてあの形を作ったのではないでしょう。
自然の中にある美しさを楽器の中に写し取ろうとしたのではないかと思うのです。
音も同じです。
私たちは新しい響きを発明しているのではなく、自然の中に存在する響きを見つけようとしているのかもしれません。
長年バイオリンを弾いてきて思うのは、良い響きに出会った時、人はどこか自然を感じるということです。
弦の振動も、倍音も、共鳴も、人間が作ったものではありません。
私たちはその法則を借りながら音楽を作っています。
だから私は今でも音色を追い続けています。
音符の向こう側にある響きを求めて。
そしてその響きの中に、人間が昔から感じ取ってきた自然の美しさが息づいているように思うのです。