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音色を追い求める理由 ― メメント・モリ、バニタス、カルペ・ディエム

🎻バイオリン🎻
音色を追い求める理由 
memento mori(メメント・モリ)
vanitas(ヴァニタス)
Carpe diem(カルペ・ディエム)

「なぜそこまで音色にこだわるのですか?」

そんな質問を受けることがあります。

音程やリズムも大切です。

速く弾けることも、難しい曲を弾けることも素晴らしい。

しかし私が長年追い求めてきたのは、その先にある「音色」です。

最近、「メメント・モリ」「ヴァニタス」「カルペ・ディエム」という三つのラテン語に出会いました。

驚いたのは、その言葉が何百年も前のヨーロッパの思想でありながら、私が長年感じてきたことと深く重なっていたことです。

メメント・モリ──「人生には終わりがあることを忘れるな」

ヴァニタス──「この世のものはすべて儚い」

カルペ・ディエム──「だから今日という一日を大切に生きよ」

この三つは、別々の言葉ではなく、一つの人生観なのだと思います。

そして私は、その考え方は音楽そのものにも当てはまると感じています。

音楽は、音を出した瞬間から消えていきます。

絵画は何百年も残ります。

彫刻も建築も形として残ります。

しかし、音楽だけは違います。

どれほど美しい音でも、その瞬間に空気を震わせ、そして消えていく

二度と同じ音は戻ってきません。

だから私は、一音一音を大切にしたいのです。

私は長年、「音色とは何か」を考え続けてきました。

そして一つの結論にたどり着きました。

音色は偶然ではありません。

左手のタッチが弦の振動を決め、その振動を右手が育てていく。

そこには理由があり、仕組みがあります。

けれど最近思うのです。

この考え方は、単なるヴァイオリンの技術論ではないのではないか、と。

自然界では、原因があって結果が生まれます。

春になれば芽が出る。

水は高いところから低いところへ流れる。

美しい花も、やがて散ります。

それは誰にも止められない自然の方則、摂理です

音も同じです。

無理に力で押さえつけても、美しい響きは生まれません。

弦が最も自然に振動できる条件を整え、その振動を邪魔しないように育てる。

私は、その「自然に逆らわない演奏」こそが、美しい音色を生むのだと考えています。

考えてみれば、人生も同じなのかもしれません。

人生には限りがあります。

美しい時間も永遠ではありません。

だからこそ、今日という一日が尊い。

だからこそ、一音が尊い。

だからこそ、人との出会いも大切になる。

memento mori(メメント・モリ)
vanitas(ヴァニタス)
Carpe diem(カルペ・ディエム)

この三つの言葉は、私に「人生の哲学」を教えてくれました。

そして私の音色理論は、その哲学と決して別のものではありません。

音楽とは、自然の法則に耳を澄まし、限りある時間の中で、一瞬の美しさを形にする芸術なのです。

だから私は今日も、一音一音を大切に弾き続けたいと思います。

その一音は二度と戻ってこないからです
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