2022/4/7 COMI✖️TEN 出演しました//あらやんのバイオリン教室YouTube開催中

良い楽器とは、どんな楽器なのだろう

🎻バイオリン🎻
「どんな音を出したいか」より「どんな音楽をしたいか」

長い間ヴァイオリンを弾いていると、楽器についていろいろなことを考えます。

よく鳴る楽器

大きな音のする楽器

柔らかい音のする楽器

芯のある音のする楽器

もちろん、楽器によって音は違います。

しかし最近、何本かのヴァイオリンを弾き比べながら、改めて感じていることがあります。

それは、

楽器が変わると、音が変わるだけではなく、自分の音楽まで変わる

ということです。

これはなかなか面白いことです。

ある楽器を持つと、自然に歌いたくなる

あるヴァイオリンを持つと、ちょっとしたメロディーを弾きたくなります。

日本の歌、民謡、映画音楽、昔から親しまれてきた旋律。

何でもないような旋律を、ふっと歌うように弾く。

そういうとき、その楽器がとても自然に感じられるのです。

不思議なことに、そういう演奏をすると、聴いてくださった方がとても喜んでくださることがあります。

技巧的な曲を弾いているわけではありません。

大きな音を出しているわけでもありません。

ただメロディーを弾いているだけです。

でも、

「ああ、この曲はいいなあ」

というものが伝わる。

こういうとき、良い音というものについて考えさせられます。

別の楽器を持つと、クラシック音楽の世界へ入っていく

ところが別のヴァイオリンを持つと、気持ちがまったく変わります。

バッハを弾きたくなる
モーツァルトを弾きたくなる
ベートーヴェンを弾きたくなる
もっと時代を進めて、20世紀の作品まで弾きたくなる

音に芯があり、構築していく感覚がある。

そして自分自身も、長いヴァイオリン演奏の歴史の中に入っていくような気持ちになる。

こちらの楽器では、

「このメロディーをどう歌おうか」

というより、

「この音楽をどう作ろうか」

という意識になる。

どちらが優れた楽器なのか。

私は、そういう問題ではないように思います。

それぞれの楽器に、それぞれの声がある。

そして、その声にふさわしい音楽があるのです。

楽器は、弾き手にも働きかけてくる

普通は、

「演奏者が楽器から音を出す」

と考えます。

もちろん、それは間違いではありません。

しかし長く楽器と付き合っていると、反対方向の作用もあるように思えてきます。

楽器のほうが、演奏者に弾き方を教えてくる

この楽器なら、もっと弓を使いたい
この楽器なら、あまり押さずに歌いたい
この楽器では、もっと音の芯を作りたい
この楽器では、音を少し遠くへ飛ばしたい

そんなふうに、楽器によって身体の使い方まで少しずつ変わってくる。

そうすると当然、音色も変わります。

フレージングも変わります。

そして最後には、音楽そのものまで変わってくる。

楽器というものは、単なる音を出すための道具ではないのかもしれません。

演奏者と楽器が、お互いに影響しながら音楽を作っている。

私はそんなふうに感じます。

以前、長くお世話になったヴァイオリンのリペアマンから、こんな話を聞いたことがあります。

「どういう音楽をしたいかによって、楽器の調整も変わる」

正確な言葉はもう覚えていませんが、そのような意味の話でした。

当時もなるほどと思いましたが、今になって、その言葉の意味が以前より深く分かるようになってきました。

ヴァイオリンの調整には、いろいろな要素があります。

弦の高さ
弦と弦の間隔
駒の形やカーブ
魂柱
弦の選択

その他にも、細かな要素がたくさんあります。

それらは単に、

「一番よく鳴る状態にすればいい」

というものではないのでしょう。

バロック音楽を中心に弾くのか。

古典派を弾くのか。

ロマン派を弾くのか。

あるいは現代作品まで演奏するのか。

さらに、その人がどういう弓の使い方をして、どんな音を求めているのか。

それによって、演奏者が楽器に求めるものも違ってきます。

だから調整にも、唯一絶対の答えがあるわけではない。

大切なのは、

その人が、その楽器で何をしたいのか。

そこなのだと思います。

「良い音」を出すことが最終目的ではない

これは、私がずっと考えている「音色」の問題にもつながります。

私はこれまで、

左手のタッチ
ポジションチェンジ
ビブラート
ボーイング
弓の速度
圧力
接点
楽器の構え方など

さまざまな角度から音色について考えてきました。

しかし、これらはすべて手段です。

左手を柔らかく使えることが目的ではありません。

素晴らしいビブラートをかけることが目的でもありません。

ボーイングを自由にすることだけが目的でもありません。

まして、

「良い音を出すこと」さえ、最終目的ではない。

その先に音楽があります。

順番を考えるなら、

どんな音楽をしたいのか。

そこから始まる。

そのためには、どんな音色が必要なのか。

その音色を作るためには、どんな奏法が必要なのか。

そして、その奏法や音楽に、どんな楽器が応えてくれるのか。

さらに、その楽器をどう調整すればいいのか。

私は、そういう順番なのではないかと思っています。

高価な楽器だから、すべての音楽に最適とは限らない

ここまで考えると、楽器の値段だけで音を考えることにも、少し違和感が出てきます。

もちろん、優れた楽器には優れた理由があります。

しかし、

高価な楽器だから、どんな音楽にも一番合う

とは限りません。

ちょっとしたメロディーを弾いたとき、決して大げさではない楽器の素朴な声が、その曲にぴったり合うことがあります。

逆に、大きな構築を必要とする作品では、音の芯や密度、遠くまで届く力が必要になることもあります。

だから私は最近、

「どの楽器が一番良いか」ではなく、

「この音楽には、どの声が一番ふさわしいのか」

と考えるようになりました。

これは人間の声と同じかもしれません。

美しい声にもいろいろあります。

すべての歌を、同じ声で歌わなければならない理由はありません。

ヴァイオリンも同じなのではないでしょうか。

どんな音を出したいか。その前に。

音色を考えていくと、どうしても

「どんな音を出したいのか」

という問いに行き着きます。

しかし、さらにその前にもう一つ問いがある。

「自分は、どんな音楽をしたいのか」

こちらが先なのではないでしょうか。

音楽が決まれば、必要な音色が見えてくる。

必要な音色が見えてくれば、奏法も変わる。

そして楽器の選び方や調整まで変わってくる。

そう考えると、左手のタッチから楽器の調整まで、一見バラバラに見えるものが一本につながってきます。

音楽

音色

奏法

楽器

調整

すべては、音楽から始まっている。

そして結局、私がずっと考えてきたことに戻ります。

良い音楽をするために、良い音色を得る。

良い音色そのものがゴールなのではありません。

楽器も、調整も、テクニックも、音色も。

すべては音楽のためにある。

最近、何本かのヴァイオリンを弾きながら、改めてそんなことを考えています。

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