今日、動画を編集していて、ちょっと困ったことがありました。
いつも使っているCapCutで、突然、文章のコピー&ペーストができなくなったのです。
設定を確認したり、iPhoneを再起動したり、いろいろ試してみました。
それでもできない。
ところが、以前よく使っていたVLLOを開いてみると、こちらでは普通にできました。
そんなことをしているうちに、ふと、こんな言葉が出てきました。
なるほどなあ、と思いました。
機能が多いとか、新しいとか、高価だとか。
もちろん、それも一つの価値でしょう。
でも、道具を使うことそのものに気を取られて、本来自分がやりたかったことができなくなったら、何のための道具なのかわかりません。
そして、この「邪魔をしない」という言葉を考えていたら、私は長いオーケストラ生活の中で、ずっと感じていたことを思い出しました。
それは、
音楽の邪魔をしないこと。
です。
これは決して、「小さく弾きなさい」という意味ではありません。
自分を消すことでもありません。
必要なところでは前へ出る。
支えるところでは支える。
誰かに音楽を受け渡すところでは、きちんと受け渡す。
そして大切なのは、自分の音だけを聴くのではなく、
自分の音が加わったことによって、音楽全体がどうなったのかを聴くこと。
これが、アンサンブルではとても大切だと思っています。
本人は一生懸命弾いている。
きれいな音を出そうとしている。
音楽にも入り込んでいる。
それでも、その一生懸命さが、ときとして音楽の邪魔になってしまうことがあります。
🎻以前オーケストラで弾いていた頃のことです。
あるヴァイオリン協奏曲で、とても印象に残っている出来事がありました。
ソリストは素晴らしいヴァイオリニストでした。
そのとき、オーケストラ側のある奏者が、ソリストの音楽にかなり入り込んで演奏していました。
もちろん、その人は邪魔をしようとしていたわけではありません。
むしろ反対です。
ソリストの音楽に共感して、寄り添い、一緒に音楽を作ろうとしていたのだと思います。
でも、寄り添いすぎた。
音楽に没頭するあまり、その瞬間の自分の役割が見えなくなってしまった。
そのときソリストが、たった一言、
「あなたは伴奏でしょ」
と言われました。
私はこの言葉を今でも覚えています。
伴奏だから、ただ小さく弾けばいいという意味ではありません。
伴奏には伴奏の大切な役割があります。
和声を作る。
流れを作る。
ソリストを支える。
必要なところでは、大きなエネルギーを与える。
でも、主役を奪ってはいけない。
自分が何をしたいかではなく、今、この音楽が自分に何を求めているのか。
それを判断することが、アンサンブルなのだと思います。
音楽に没頭することは大切です。
でも同時に、もう一人の自分が少し離れたところにいて、
そんなことを冷静に判断していなければならない。
これは、長い間オーケストラで弾いてきて、何度も感じたことです。
そしてもう一つ。
オーケストラの弦楽器には、独奏とは少し違う技術があります。
たとえば、ワーグナーやラヴェルなどの作品を弾いていると、ヴァイオリン一人一人が独立して存在しているというより、弦楽器のセクション全体が一つの大きな音響の群れを作っているような場面がたくさんあります。
一人一人の音というより、
群れとなって一つの音楽を作る
弦楽器には、そういうところがあります。
そんなとき、すべての音を一人で完璧に弾き切ることだけが、良いオーケストラ奏者の条件ではありません。
もちろん、正確に弾けることは大切です。
技術が必要ないという話ではありません。
でも本番では、一瞬の判断が必要になることがあります。
「この音はちょっと危ないな」
と思ったとき。
無理に大きな音で弾いて、セクション全体を乱してしまうくらいなら、少し音を小さくする。
そして、自分が確実に弾けるところから自然に戻る。
そんな判断も必要になります。
これは、単に「弾けないからごまかす」という話ではありません。
自分の一音より、全体の音楽を優先する。
そのための技術です。
私は、これも良いオーケストラ奏者に必要な能力だと思っています。
一人で弾いているときには、
「自分が全部きちんと弾く」
ことを考えればいい。
でもオーケストラでは、
「自分が完璧に弾くこと」と「オーケストラ全体がうまく運ぶこと」とは、必ずしも同じではありません。
自分の世界の中だけで完璧に弾こうとすることが、かえって周りの邪魔になることさえあります。
良いオーケストラには、こういうことを身体で分かっている奏者が多いのではないかと、私は思っています。
それは楽譜に書いてあることではありません。
「ここでは一音抜きなさい」
などと、楽譜に書いてあるわけでもありません。
その瞬間に周囲を聴き、自分の状態を判断し、全体にとって何が一番いいのかを選ぶ。
弾く技術だけではなく、弾かない判断もできる
長いオーケストラ生活の中で、私はそういうことをたくさん学びました。
今は、私自身がオーケストラの中に入って演奏する機会は少なくなりました。
アマチュアのオーケストラやアンサンブルを指導することはありますが、指導する立場なら、何かがおかしければ演奏を止めて伝えることができます。
でも、本番のオーケストラは違います。
その場で、すべてが同時に進んでいきます。
だからこそ、一人一人が、
自分の音を聴く。
相手の音を聴く。
そして、
自分の音と相手の音が混ざった結果を聴く。
そこまでできることが、とても大切なのだと思います。
考えてみれば、今日の動画編集ソフトの話も同じでした。
何かをたくさんしてくれる道具が、必ずしも良い道具とは限らない。
ヴァイオリンの肩当ても、顎当ても、弓も、楽器も同じです。
自分がやろうとしていることの邪魔をしない。
それは、とても大切なことなのかもしれません。
そして、ふと思いました。
演奏する私たち自身もまた、
音楽にとっての「良い道具」でありたい。
自分が何をしたいか。
自分がどれだけ弾けるか。
それだけではなく、
今、この音楽は何を必要としているのか。
そこに耳を傾けられる演奏家でありたい。